AGAとはandrogenetic alopeciaの略で男性型脱毛症を指す言葉で近ごろはCMなどで耳にすることが多くなりましたが、その治療の歴史を振り返ってみると、実に感慨深いものがあります。
史実に残っている限りでは、世界ではじめて男性型脱毛症(AGA)の概念に気がついた人物は紀元前400年ごろに活躍し、今でも医学の父の名で形容されているヒポクラテスという医師であり、彼はその著書の中で『奴隷にはげはいない』と記しています。当時の奴隷の中には宦官も多く存在し、彼らのなかにはげはいないことからヒポクラテスははげの原因は睾丸にあるという考えに至ったのです。そしてヒポクラテスが亡くなった頃から同じギリシアの地で活躍した哲学者アリストテレスも睾丸に原因があると考え、彼は著書の中で『すべての動物のうち、人間はもっとも著明にはげやすい動物であるが、興味深いことに、思春期以前にはげる男性はおらず、そして性行動を有する男性ははげる。女性は子どもと同じように精子を分泌しないのではげることはなく、奴隷もまたはげないのは睾丸がないからであり、奴隷は幼少期に去勢すれば、成長してからも体毛が全く生えず去勢前に体毛を有していれば陰毛のほかは抜け落ちるが、女性も同じく陰毛以外の毛は生えない』と述べています。
薄毛を隠したい気持ちは古今東西かわらないようで、紀元前100年ごろにローマで活躍したあのカエサルは実はAGAで、その薄毛を隠すためにいつでも月桂樹の冠をかぶっていてもよいかという嘆願を元老院に出していたと伝えられていますが、そのような努力もむなしく凱旋式の折などには市民からはげの女ったらしめと野次をとばされてしまっていたそうです。
このようにいつの時代も世のはげの男性たちは、はげに悩み、はげを恥じ、はげを隠すために涙ぐましい努力を重ねてきたのですが、時代がずっと進んで、前世期になるとついにはげには男性ホルモンが大きく関係していることがわかりました。米国医師ハミルトンは実験を重ねて①睾丸を摘出され男性ホルモンを作り出せなくなった人ははげることがなく、はげが進行している人の睾丸を摘出すると、それ以上はげが進行しない②はげの進行中に去勢され、その進行が止まっていた人に男性ホルモンと同じ働きをするテストステロンというホルモン剤を投与すると、再びはげ始めること③さらにもともとはげていなかった男性は、去勢後にテストステロンを注射してもはげないということを突き止めました。彼はこの実験をさらに進めてAGAはテストステロンが原因で生じるが、そもそもの要因は遺伝的なものであり、AGAになるか否かは血液中のテストステロンレベルにかかわらず、生まれもったテストステロンの感受性に因ることを訴えました。つまり、生まれながらテストステロン受容体をもっている人間が大量のテストステロンを浴びた場合においてAGAになるというわけです。やがて1960年代にはいると、AGAにはジヒドロテストステロンという男性ホルモンが関与していることが示されるのですが、このジヒドロテストステロンは幼少期には性器の発達に関与したりと、成長過程では欠かせないホルモンですが、成人を超えてからは、AGAだけでなく、前立腺肥大、ニキビなどを引き起こす要因となるため、悪玉の男性ホルモンと呼ばれています。
そしてついに1997年に米国でAGAの薬として「プロペシア錠1mg」が発売され、日本では遅れること2005年にメルクの日本法人MSD(当時万有製薬)が、国内で初めてAGAの薬として厚生労働省に認可され「プロペシア錠1.0mg」、「プロペシア0.2mg」が発売され現在にいたるのです。
かつてはAGAの原因は頭皮の脂という俗説が支持され、これに悩む男性は自らの生活習慣を恥じ、改めることに精を出していましたが、医療はすすみ、今ではAGAも他の病気同様に早期の対処が、その後を大きく左右するものとして、症状が現れ始めたら少しでも早い治療を受けることで、その進行を食いとどめることも可能となってきているのです。